第五話 いそぎんちゃく

1.遭難


 金色のロウソクが灯る。

 ロウソクの明かりに照らしだされたのは、よく日に焼けた若者だった。 なぜかウェット・スーツを着ている。

 「へへ……俺、サーフィンやってんだけどよ……」

 彼は自分の傍らにサーフボードを置いた。

 (……○○か? 非常識な奴だ)

 滝は失礼な事を思った。 もっとも、屋外とはいえ百物語の席にサーフボードを持ち込むなど、常識とは別な問題と

思えるが。

 (せめて乾かして……ん?)

 サーフボードは濡れていた。 そして、ウェット・スーツも。 滝は若者の顔を見なおし、目の焦点が合っていないことに

気がついた。

 「この間台風が来たときによ。 こいっあスリルだってんで皆で出かけたんだけどよぁ……」

 そして若者彼は語り始めた。

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 遭難

 灰色の空の下、土用波で泡立つ海で数人の若者がサーフィンに興じていた。 彼らに向けたかの様に、無人の遊泳監視塔で

スピーカーが怒鳴っている。

 『当海岸は海水浴場です。 サーフィンに類する行為。 水上スクーター、モータボートの走行は禁じられています……』

 「なーに言ってやがんだよぉ!! だーれもいないじゃねぇか。 ケチケチするな!」

 若者の一人が、監視塔に向けて中指を立てて見せた。

 『そこのバカモノども、とっとと帰れ! 遭難するぞ!』

 「ありゃ、録音じゃねぇぞ? カメラでもつけてんのか?」

 「ほっとけほっとけ。 俺らをトーシロと思ってんだ。 アホだアホ」

 そして10分後、彼らは高波にさらわれた。

 たった一枚残ったサーフボードにはこう書いてあった。 

 『マジステール』


 「……あてて、ここはどこだ?」

 「ばかかお前、ここは砂浜だ」

 「お前こそ馬鹿だ!」

 若者達は口げんかをしながら起き上がり、辺りを見渡す。 そこは確かに砂浜なのだが、今までいた海水浴場とは様子が

まるで違う。

 「隣の砂浜まで流されたのか? ……あっボードが無い!」

 「俺のボードもだ! チッキショー、いけてたボードなんだぞ!」

 「むかつくぜ、あのスピーカせいだ! ケチがつけやがって! 戻ったら管理事務所にねじ込んでやる!」

 土用波が打ち寄せる中でサーフィンをやっていた自分たちが悪い、という発想は無いようだ。

 彼らはそのまま悪態をついていたが、乏しい語彙で悪口を言っていても同じことの繰り返しになる。 座り込んでいても仕方が

無いので、砂を払ってとぼとぼと歩き出す。


 彼らは砂浜に沿って進んだ。 海と反対側には緑豊かな山肌が続いていて、道らしきものが見えなかったからだ。

 「へんだな、コンビニも道路もないぞ」

 「今時そんな所があるのか?」

 言葉に不安の色がにじみ出ていた。 海水浴場から流されたのだから、そう遠くないところについた筈なのに、人工物が

見当たらない。

 ックシュン!!

 濡れた体に強い風が吹き付ければ、夏でも冷え込むのが道理、ウェットスーツを着ていない者は、身震いしている。 

 「おお寒い……焚き火でもしようぜ」

 「どこに燃すものがあるだよ……おっ!あれ船じゃねぇか?」

 「なに!」

 彼らの進む先に、砂浜に引き上げらた木造の釣り船らしきモノが見えた。 

 「ちっくしょう!脅かしやがって」

 ほっとした様な空気が流れ、彼らは釣り船に駆け寄った。


 「小汚ねぇな、魚くさいし」

 「ほっとけ。 それより船の持ち主探そうぜ。 ここがどこだか聞かないと」

 「これで帰ろうばいいじゃねぇか。 なくなったって台風でさらわれたって思うぜ」

 「ばーか。 どっちに行けばいいんだよ」

 わいわいと勝手な事を話していた若者達、その背後で奇妙な声ががした。

 ホロホロホロホロホロ………

 「……な、なんだ……」

 「と、鳥だろう」

 「笑い声に聞こえたぞ……」

 若者達は、船に目を向けたまま、ひそひそと話し合った。 振り向けば済む話なのに、誰も振り向こうとしない。

 「おい、お前見ろ」

 「ざけんな、なんでおれが」

 「やめねぇか……ここは平等に、一斉に振り向こう」

 何がどう平等なのか判らないが、若者達は一斉に後ろを見た。 そしてげらげらと笑い出した。

 「何だぁありゃぁ」

 彼らの視線の先に、砂から突き出た大きな岩があり、声の主はそこに座っていた。 それは金髪の女だった、それも全裸の。

 「よう、誘ってやがんのかぁ?」

 下卑た問いに女はニタリと笑った。 赤い唇から、奇妙な音が流れ出す。

 ホロホロホロ……

 若者達は笑うのをやめ、薄気味悪そうに顔を見合わせた。

 「あれ……まともじゃねぇぞ?」

 「ヤバイじゃん?」

 彼らはひそひそ話しながら、ちらちらとそちらを見る。 顔は男好きのする顔立ちとでも言うのか、美人というには微妙に

崩れている。 体つきもそう、持て余しそうな乳房や座りのよさそうな尻はどちらも大きすぎた。 唯一美しいと言えるのは、

腰までありそうな長い金髪だけだった。

 「モデルは無理だな、ありゃポルノ女優だな、二流の」

 「だな。 あれじゃないか? ヤクやりすぎて頭にきちまったとか……おっ!」

 若者達が目をむいた。 女は事もあろうに大またを広げ、陰部をさらけ出したのだ。 そして足や手をくねくねさせている。

 「さ、誘ってんのか?」

 声が上ずっているのは、薄気味悪さからだったろう。 さすがにこの状況で誘いに乗る者はいない。

 
 「おい、足跡だ」

 船の傍らから足跡が海の反対側に向かって続いている。 足跡は草むらに消えているが、そこを踏み分け道が横切っている。

 「船の持ち主だな。 この道を行こうぜ」

 若者達は女を無視して草むらに分け入ろうとした、一人を除いて。

 「おい?どこに行く」

 「ほっとく訳にもいかねぇだろ。連れていこうや」

 そう言ってアメリカ国旗の海水パンツの若者が、金髪女に歩み寄った。

 「カゼ引くぞ。 あーそうか……コトバ、ワカリマスカ?」

 「なにやってんだあいつ」

 「アメパン! こっちがカゼ引いちまう。 先に行くぞ」

 彼らはアメパンを残して行ってしまう。


 ホロホロホロホロホロホロ……

 女の奇妙な声が、風に乗って聞こえてくる。 彼らを追うように。

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